街道を外れた深い藪の中に、男が一人、立っている。
樵の身なりだが、どこか身のこなしに風格がある。
私が恐る恐る声を掛けると、男はゆっくりとだが隙のない仕草で振り返った。
眼つきが鋭い。
「若いの、なんだ。」
私は以前、村にやってきた放浪の騎士に教わった手振りを見せる。
慣れていないせいか、腕がもつれ、指が絡む。
男は私を、しばらく怪訝そうに見ていたが微かな苦笑いを浮かべて言った。
「もういい。こっちだ。」
男は森の中をゆっくりした足取りで降りてゆく。
どうした身のこなしなのか、私の歩き方では追いつけない。
ほとんど駆け足になりながら、やっとついていく。
男は切り立った岩の前で立ち止まる。
「心を、楽にしろ。」
息が上がってしまっている私に、男は言う。
(心を楽にだって?)
ふと、眩暈(めまい)のようなものが私を襲う。
こんな所で倒れるわけにはいかない、と身体を硬くし、歯を食いしばる。
男はイラついた口調で言う。
「俺はお前と遊んでる暇なんか、ないんだ!お前よりずっと見込みのある奴が
今にも来るかもしれんのだ!」
ポカンとしている私に、男は頭を振りながら近寄ってくる。
「安心しな。この道をお前がくぐる事は二度とないから。」
どこか済まなそうに、男が私の目の前に、立つ。
「ちょっと痛いが、お前が悪いんだ。」
身構える暇もなく、男の拳が鳩尾(みぞおち)を突く。
薄れる意識の中で、男の声を聞いた気がする。
「これからは高位の者の意見に従えよ、若いの。」

ズキズキとした痛みで、眼が覚めた。
革靴が私の肩を揺する。
「珍しい奴が来たな。」
さっきの男の声ではない。
私は痛みを堪えて立ち上がる。
「テレポートは初めてか?若いの」
また、若いの、か。
「ここは騎士志願の者だけが集う村だ。物見遊山で来るところではないぞ。」
剃り上げた頭をした男が、言う。
私は騎士になるために旅をしてきたことを、捲(まく)し立てる。
私の言葉を制して、笑いながら剃り頭が言う。
「俺はお前みたいな、ヒヨッコを世話するためにいるのさ。ほら、ダガーを一本、やる。
お前が納得するまでここにいればいい。半人前でも生きていけるようになるか、諦めて
リメークするまで、な。」
リメークとはなにか、私は尋ねたが、剃り頭は
「まだお前には関係ない。」
とだけ答えて、突然現れた若者の方へ行ってしまった。
しかたなく私は村の中へ入っていった。

周りは深い森だ。
幾棟もの小屋が見える。
騒がしい村だ。
どっちを向いても、カンカン物を叩く音がする。
見ると足元にキャンドルが何本も落ちている。
不思議に思って見ている。
と、通りすがりの軽鎧の騎士見習が、苦々しげに荷物袋からキャンドルを何本も捨てる。
疲労の色が濃い。
「どうして捨てるんです?」
思わず声を掛ける。
その時、初めて私に気がついた様子で軽鎧が振り返る。
「欲しければ拾っていいよ。いくらにもならないから」
「せっかく集めたんでしょ?」
「誰が、こんなものを!(怒)」
男はしばらくキャンドルを睨んでいたが、私を見つめなおして言った。
「新入りか」
私は今、ここに着たばかりであることを告げる。
「しばらくすれば、お前にも判るさ。だが、その前に修練所に行きな。初めての武器は
慣れるまでまともに役立ってくれたりしないからな。」
修練所とはなにか尋ねると、軽鎧は肩をすくめて村外れの方を指差し、どこかへ行ってしまった。
(物を粗末にすることはあるまい。)
その辺りに散らばっているキャンドルを残らず拾うと、私は村外れを目指して歩き出す。

辺り一面に不思議な怪物が立っていて、無数の男女が怪物と戦っている。
カンカン響く音の正体は、この戦いの音だったのだ。
よく見ると怪物は足が地面から生えている。
近くに寄って見ると、怪物は木でできた木偶(でく)だった。
しばらく眺めていたが、軽鎧の言葉を思い出し、皆のまねをして木偶を叩く。
ドズッ
明らかに皆と音が違う。もう一度。
ドズッ
ダガーが弾かれる。もう一度。
ドズッ
不意に木偶が回転し、腕が私の頭に当たった。
痛みと悔しさで目がくらむ。手が痺れる。
背中越しに笑い声が響く。
振り返ると若い女性の騎士だった。
「あなた、1st?」
初めてのサーバの初めてのキャラであることを告げる。
女性騎士はにっこりして言う。
「私も今日が始めて。どう、私の仲間に入らない?」
私がうなづくと、女性騎士はついてくるように言い、歩き出した。
女性騎士は芙美子、と名乗った。
私にはまともについて行くことも、ままならない。
そんな私の様子を面白がるように、芙美子さんは村を抜け、あの剃り頭の
近くに向かう。
村の入り口に、一人の男が立っている。
テレポートのボランティアのイルドラス、だそうだ。
テレポート!また殴られるのか?
私は顔色を変えた。
「そっか、テレポート、知らないんだ。」
芙美子さんが笑顔で私の肩に手を添える。
「遠くに行くから、心を楽にして。」
ふと、眼の端に蝶が飛んだ。
蝶を追って眼を動かすと、見知らぬ場所にいることに気が付いた。
眩暈が、ある。
捩れるような景色を、やっとの思いでねじ伏せ、歩き行く芙美子さんを追った。
「トワさ〜ん、連れてきたよ~。」
芙美子さんの行く手にひとつの集団が立っていた。
五月の葉のように、キラキラした可憐なプリンセスが屈強な騎士たちを従えていた。
「あなた、入ってくれるの?クラン。」
クランとはなにか、尋ねる。
「大したことじゃないよ。お仲間ってやつさ。」
立派な身なりの騎士が笑う。
「ファルクです。よろしくお願いします。」
私は皆の、そしてプリンセスの笑顔に引き込まれるように、頭を下げる。
自慢じゃないが、私は口が重い。
人見知りするのだ。
自分から名乗るなど、いままでに一度だって、なかった。
「うちは客商売なんだから少しは愛想良くしなよ。」
と、お袋に言われていたのを思い出した。
「1stの1stなんだって。」
芙美子さんが私の代わりに答えてくれる。
「じゃ、こっち向いて。」
プリンセス=トワさんが言う。
自分ではそっちを向いているつもりなのに、なにも起こらない。
トワさんが自ら回りこんで、私の正面に立つ。
「Y、だよ。」
その瞳を見つめていると、その集団に深い親近感が沸いてくるのを感じる。
「これ、いつも左肩につけてて。」
差し出されたワッペンはオレンジ色のTVが描かれていた。
「じゃ、あたしはもう少し、人形を叩いてくるね。」
「ウイw」
「いてらーw」
芙美子さんがあの村にいた「テレポートさん」と良く似た男に近づき、突然消えた。
「あれがテレポート屋のドリスト、さ。」
ファインダーと名乗る、若いが屈強そうな騎士が教えてくれる。
「来たばかりかい?じゃ、しばらくは人形叩きだな。」
「しばらくって、いつまでです?」
私の問いに、ファインダーさんは少し考えていたが、腰の刀を抜くと左手に持ち替え、
振った。
シュ・フィン!
鋭い風斬り音とともに、一筋の輝きが走った。
「ファルクも振ってみな。利き腕でいいから、ね。」
私は振ってみた。いままでで一番まともに振れた。
しかし、音はせず、切っ先は波打っていた。
「利き腕でいいから、さっきのファインダーみたいな音がするまでよ。」
トワさんが笑顔で答える。
少しきまりが悪くなって、私は木偶叩きに戻る旨を伝えた。
「ウイウイw」
「頑張ってな」
皆の声が暖かい。
テレポートされる感覚の間(はざま)に、微かに耳に残った声。
「あれは、時間かかるぞ〜(^^)
私もそう思っているところさ。

谷あいの村に戻る。
やはり眩暈がする。
どうやら私はテレポートに慣れることはなさそうだ。
歩ける所は歩いて行こう、と私は決めた。
木偶に向かい合っていると、隣でやはり木偶と格闘していた男性が
声を掛けてきた。
「クラン、入ったの?知り合いの所?なんてクラン?」
いけね、クラン名なんて聞かなかった(^^; 。 |