森を行く私の足元をウサギが跳ねて行く。
鹿が不思議そうな眼つきで私を眺めては、どこかへ駆けて行く。
何頭もの犬たちが近づいて来ては、離れてゆく。
深い藪の中に人の気配がする。
ふいに現れたゴブリンと、眼が合った。
ゴブリンは甲高い声を上げると、武器を振るって向かってきた。
私も夢中でダガーを使った。
幾度も切り結ぶうち、急に静かになった。
ゴブリンが足元に倒れていた。
私も傷だらけでその場にへたり込んだ。
結構しっかりした装備の騎士見習が藪から出てきて言った。
「お前さんの獲物だ。アデナを貰っときな。」
倒れたゴブリンを探ると幾枚かのアデナが出てきた。
なぜゴブリンが金貨なんか持っているのだろう。
「そんな事知らんよ。だが、もう奴さんには必要ないからな。貰ってやるのが供養って
もんだ。」
再び藪に消えようとした騎士見習が振り返って言った。
「防具や武器が手に入ることもあるが、アデナを貯めて自分の剣を買えよ。少なくとも
ダガーじゃ狩はつらいぞ。」

その後、何頭かのゴブリンやコボルトと剣を交えた。
もう、身体が強張(こわば)って動かない。
私は村に戻った。
村に入ると何人もの騎士見習たちがそこここに立っている男に声を掛けている。
男のマッサージを受けては、また出かけていく。
私も声を掛けてみる。
「私たちはボランティアであなた方を癒しているのです。」
男は眼が見えないらしい。
「あなた方が分をわきまえず、無謀に倒れてゆくのが見ていられないものですから。」
男のマッサージは一瞬だった。
数箇所を抑えられると、筋肉が悲鳴をあげた。
眼の中が紫色に爆発した。
飛び上がって離れた私は、身体が軽くなっているのを知った。
「いつでもお出でなさい。でも早く私たちの治療を必要としないくらいに賢くなり
なさい。」
男はそう言ってまた、次の誰かを待っている。

背中の方が騒がしい。
一人の男の周りを騎士見習たちが取り巻いている。
物品の売買をしているようだ。
正直な男らしく、値段に掛け値をしていない。
人だかりが消えると、男は私に声をかけてきた。
「どうだい、何か手に入ったかい。」
私は戦利品を見せた。
男は一つ一つ手に取って調べながら、
「ほう、こいつは貰おう。」
「これはだめだな。引き取れない。」
などと言いながら、手早く計算すると幾ばくかのアデナを握らせた。
「さて、お前さんは、欲しいものはあるかい?」
男は広い板切れの上に並べた商品を見せる。
「この赤い液体は、お前さんの体力を回復してくれる。痛いマッサージが好きなら勧め
ないが、携帯していると長く狩ができるから便利だぜ。」
「このランプはキャンドルより明るい。それに長く点いているから、それだけ森にいられるって訳だ。」
私は剣が欲しい、と言った。
男は私を値踏みするように見つめ、
「俺のショートソードはモノがいいから、高いんだ。売ってもいいが、今のお前さんじゃ
モンスターどもにロハでくれてやるのと大差ないからな。」
と言った。
「俺は親切だから、一時の金よりお得いさんが欲しいんだよ。もう少し、頑張ってきな。」
反発しようとした時、男の腕や顔の傷に無数の戦傷があるのに気が付いた。
この人もまた、勇者だったのだ。
男は私の視線に気がついて、腕の傷のひとつをそっと撫でた。
私は赤い液体(赤P)を少し買った。

森を抜けていくと開けた場所に出た。
多くの騎士見習や、それよりたくさんのモンスターたちがうろついている。
オークがいた。
女性ウィザードに向かって突進していく。
夢中で駆け寄り、ダガーを振り上げた私に声が飛んだ。
「待って!」
当の女性ウィザードだった。
ウィザードは指先から光の矢を放つと、オークはもんどりうって倒れた。
呆然と眺めている私に、ウィザードは言った。
「ごめんね。でも私がFA取ってたから。」
「FAってなんです?」
私が尋ねると倒れたオークを探りながら、ウィザードは答えた。
「ファーストアタックって言ってね、モンスターとの交戦権を取ることよ。」
ウィザードは連れている犬の様子を調べながら続ける。
「他の人に向かっているモンスターを横取りする人は、シーフって呼ばれて嫌われるから
気をつけてね。」
「はい」
新たな敵を探しに向かいつつ、ウィザードはさらに教えてくれる。
「魔法や弓矢で倒したモンスターのアイテムを攫(さら)っちゃうのもシーフよ。シーフを続ける人は寂しい人生を送ることになるわ。」
「気をつけます。」
私の返事にウィザードは片手を上げて去っていった。
どの世界にもそれなりの秩序があるもんだ。

落ち着いて眺めていると、各人がモンスターを分け合っている。
私のような初心者のために、装備のしっかりした連中はゴブリンやコボルトを狩らない。
上級者同士ほど狩の軸線が交わらないのだ。
また初心者同士がどちらが倒したかを言い争っていると仲裁するのもまた、上級者だ。
ここはある意味で、学校なのだ。
まだ弱い者のためには、モンスターと一対一になれるよう見守ってくれる。
なんと言ってもゾンビに対して守ってくれるのだ。
ゾンビは、強い。
その上、いきなり現れてはどこまでも追ってくる。
足取りは遅いのだが、諦めないのだ。
逃げ惑う初心者に、余裕のあるものが声を掛ける。
「h?」
助けが必要か?
追われるものが「h」と答えれば、すぐにも飛んできてくれる。
そして一言二言声を掛けて去っていく。
カッコイイのだ。
見とれてばかりはいられない。
辺りが暗くなってきた。
以前拾ったキャンドルを点す。
わずかに周囲が明るくなったが、近づかないとモンスターが見えない。
私は慎重に歩を進めた。
オークが光の輪の中に入ってきた。
どこへも行かず、濁った眼で私を睨む。
だれにもFAを取られていないようだ。
私は雄叫びを上げる。
オークが吼える。
刃が交わり、火花が飛ぶ。
互角、なのだ。
幾つめかの傷を受ける。
私のダガーが下がり始める。
オークが笑った。
私は、あの赤い液体を取り出すと、一気にあおった。
身体が火のように燃える。
オークの笑みが凍りつく。
勢い任せに、ダガーを払った。
笑みを張り付かせたまま、オークの首が飛んだ。
そして
静寂。
その日、初めて私はオークに勝った。

オークはショートソードを持っていた。
壊れてはいないらしい。
振ってみる。
結構バランスがいい。
私はダガーをしまい、ショートソードを構えて歩き出した。
次のオークは先程よりは梃子摺(てこず)らなかった。
倒れたオークを探っていると、どこからか矢が飛んできた。
皮のジャケットに刺さる。
深手ではないが、痛い。
目を凝らすと弓を持ったオークが、いた。
二の矢をつがえようとしている。
そうはさせじと、走り寄る。
一瞬早く、矢が放たれる。
右肩を切り裂く。
私はショートソードを振り上げる。
一撃目は、弓の先に払われた。
二撃目は、外さなかった。
幾度か斬りつけると、オークは動かなくなった。
数枚のアデナのほか、弓と矢を拾った。

戦利品の弓を引いてみる。
矢がまっすぐに飛ばない。
オークの矢が曲がっているせいもあるが、もともと私は不器用なのだ。
動作が、遅い。
どうしても次の動作に遅れが出る。
考えてからでないと、動けないのだ。
つまり咄嗟に弱い。
夜が明けようとしていた。
薄暗がりの中から、黒いオークが現れた。
私を睨む。
今までのオークと、明らかに格が違う。
私よりも、格上なのだ。
動けない。
頭が真っ白になる。
恐怖、を知った。
死、を感じた。
と、
蔑(さげす)むような眼つきで、黒いオークは去っていった。
私は、座り込む。
今夜の狩りは、私には十分だ。 |