私はシェパードに
チール
と、名づけた。
私の故郷で「甘えん坊」を意味する。
チールとの狩は楽しかった。
いつだって私の後ろを、隠れるようについて来るくせに
一旦、私がモンスターと切り結ぶと、私に荷担してくれる。
相手の背後から、真横から
吠え掛かり
噛み付く。
チールの一噛みで絶命する相手は少ないが、相手の気を逸らすことはできる。
集中力が途切れた相手は、たとえ強敵でも怖くない。
僅かな切っ先のブレが、生と死を分ける。
そして、境目をチールが広げてくれるのだ。
そのまま私たちは、狩場を周った。
その日、何頭めかの黒いオークに私の初撃が、当たった。
が、
一瞬早く、オークの肩に矢が刺さった。
黒いオークは向きを変え、茂みの中の上級者に向かっていく。
私は跳び下がって、剣を引いた。
しかし、チールは攻撃を止めない。
「こら、止めろ!」
私の静止を振り切る。
上級生の剣が黒いオークを倒しても、チールは歯を剥いたままだ。
「すいません。」
私は上級者に謝った。
「いいさ、気にするなよ。」
上級者が黒いオークを探ろうと、手を伸ばす。
チールが吼え、その手に噛み付く。
一瞬、場が凍りつく。
上級者の連れているドーベルマンが、チールに跳びかかる。
上級者が首に下げた銀色のパイプをくわえる。
すっと、ドーベルマンたちがチールから離れる。
私はチールを叱り、さらに詫びを重ねる。
強張(こわば)った顔つきで、上級者は傷の手当てをする。
「お前、犬笛を持ってないのか?」
私は今朝方、初めてチールを得たことを話す。
「こいつが犬笛さ。この音を聞くと、犬はおとなしくなって飼い主の所に
帰ってくるんだ。俺だからいいようなものの、高位の方にでも飛び掛ったら
偉いことになるぜ。早い内に買っといた方がいい。」
去り行こうとする上級者に、私はオークのアデナを差し出した。
「あなたのものです。」
「シーフになりたくない、ってとこか。」
上級者は笑って、受け取った。
「じゃ、半分はお前さんの分け前だ。」
私に幾枚かのアデナを返しながら言う。
「残りの半分は、頑張ったチールにやる。」
差し出した上級者の手を、チールが噛もうとする。
「怖い怖い(笑)」
慌てて手を引っ込め、ドーベルマンを引き連れて上級者は去っていく。
誉めてくれ
私の顔を誇らしげに眺めるチールの頭を
ポカン
と、ひとつ叩いてやった。

午後遅く、私たちは村に戻る。
犬笛を手に入れる。
宿舎にチールを連れ込もうとする私に、管理人が怒鳴る。
「犬なんか、入れてはいかん!」
何としてもだめだ、と言う。
ここで、お別れか・・。
「元気でな、チール。」
最後に肉を与え、首輪を外そうとすると、
「よう、もうそいつを捨てちまうのかい?」
さっきの上級者が近づいてくる。
訳を話すと、あきれ顔で言う。
「犬はね、犬小屋に預けるんだよ。」
「犬小屋?」
「みんな、ケント城の城下町か、砂漠の中のウッドベック村まで預けに行くんだ。」
どうしてこの村には犬小屋がないんだろう。
「ああ、この渓谷は自力での戦闘を覚えることが原則だからね。団体戦の練習になるから犬を使うこと自体は黙認されているけど、さ。」
私はまだ、とてもそんな遠くまで行けない。
「シルバーナイト・タウン(SKT)のテレポーターに有料で運んでもらえるさ。まさか、
SKTに行ったことがない、とは言わないだろう?」
SKTは、最初にトワさんたちに合った街だし、その後も一度、盾を買いに行ったことがある。
私は上級者に礼を言って、チールと共に宿舎を後にした。

SKTの街に着く。
渓谷の何倍も、広い。
行き交う冒険者たちは、結構な身なりをしている人も多い。
人混みの中に、見覚えのある顔を見つけた。
「Depth君!」
彼に私の声は届かなかったのだろう。
数人の一団に従って、どこかへ行ってしまった。
さて、どっちに行こう。
ケント城は深い森に囲まれている、という。
かたやウッドベックは砂漠の村。
私は田舎者だから、大きな街は落ち着かない。
でも山育ちだから、緑の多い方がいい。
砂漠は嫌いだ。
有料テレポーターのメット嬢にアデナを払い、一瞬にしてケントの城下町に着く。
目眩(めまい)の落ち着くのを待っている私を、チールが不思議そうに見つめる。
ケントは、大きかった。
SKTとは比べものにならない。
群衆。
唸るようなざわめき。
呆けたように、立ちつくす。
人波にもまれ、突き倒される。
「チール・・。」
私の知り合いは、彼だけだった。
チールは突然、一声吼えると歩き出した。
私はついて行くばかり。
街のはずれに犬小屋が、あった。
何人もが管理人と話をし、ある者は犬を預け、ある者は引き出して行く。
人混みが途切れたとき、管理人が私を見つけた。
「若いの、なにか用か。」
私は犬を預けたい、と言った。
管理人は笑った。
「犬小屋は犬を預けるか引き出すか以外の、他になにが出来るって言うんだい。貸してみな。ほぅ、いい犬じゃないか。」
手慣れた様子でチールの世話をしてくれる。
「犬は引き出すときに手間賃をもらうよ。いつでもどうぞ、さ。」
私は人混みの中へ引き返す。
街の中をうろつく。
この街のテレポーターを、探す。
何人かの騎士に声をかけ、案内を乞う。
さすがにウィザードやエルフには声をかけられない。
ましてやプリンスたちでは近づくこともできない。
テレポーターをやっと、見つけた。
SKTへの転送を頼む。
困った様子で、テレポーターが言う。
「私はSKTへは行ったことがないんです。」
私もよく知らない、と答える。
「いえ、そうではなく、私たちは自分の記憶している場所へしか、お連れできないのです。」
「では、他の人に頼むことにします。」
「お気の毒ですが、この町のテレポーターは、私だけです。」
ぞっとした。
唖然とする私に、若い騎士が声をかけてくれる。
「ここからSKTはさほど遠くない。地図を買いなさい。街をでて川沿いにしばらく行けば橋があって、その南の森の奥がSKTだ。連れていってやりたいが、約束があるんでね。」
騎士は、私の身なりをみて、犬を連れていった方がいいとアドバイスしてくれた。
道具屋を探し、地図を買った。
帰還スクロールなる巻物も、買った。
これを使うと近くの町に飛び帰ることが出来るそうだ。
迷いながら、やっと犬小屋を探し、チールを引き出した。
「おや、ずいぶん早い引き取りだね(笑)。」
さっきから、その時の私にとって決して安くはないアデナを払い続けだ。
その上、これから知らない道を歩いて帰るのだ。
なにをやっているんだろう。
こういう時にこそ、クランを頼るべきことに、気がつかなかった。
私はチールと共に、トボトボとケントを後にした。

ケントの西門を出ると、大きな川がある。
川には石橋が掛かり、人通りが途切れない。
意気揚々と渡っていく者。
大きな荷物と、それ以上の疲労を抱えて帰ってくる者。
川の向こうからは微かに剣戟の音が聞こえる。
橋の手前で南に折れ、川沿いに進んでいく。
片側の森の中から、時折オークが顔を出す。
今は、付き合っていられない。
川は途中で大きく北東に曲がった。
河原にはワニのような、トカゲのような頭のモンスターがいる。
地図を頼りに森沿いに進んでいく。
しかし
この地図には橋が描いてない。
トカゲ人間を見かけなくなったあたりで、川は東へ向きを変える。
橋なんか、ない。
来た道を、引き返す。
チールにも私の不安がわかるのだろう。
怯えた様子でついてくる。
と、
カサカサという乾いた足音が迫ってきた。
見たこともない、巨大な蜘蛛だ!
私は、逃げた。
逃げ切れない。
差を詰められ、背中に幾度も蜘蛛の足が当たる。
吹っ飛ばされつつ、逃げる。
帰還スクロール!
ここがSKTの近くなら、帰れるだろう。
そうでなければ、ケントに戻れるはずだ。
私は巻物を解いた。
一瞬のジャンプの後、私は、見た。
信じられないほど、美しい街。
石畳
賑わい
喧噪ではなく、活気と静けさが同居する都市。
優雅なたたずまいの街並み。
行き交う人たちの服装は、壮麗に尽きる。
私に出来ることは歩き回ることだけだった。
何軒もの軒先を覗き、門前払いを食う。
微かに冒険者のにおいを残した若い男がいた。
後をついていく。
若い男は街の中心を抜け、角を曲がる。
大きな店が何軒も軒を連ねる。
地図を、買った。
やっと都市の名前が分かった。
ハイネ
荘厳な街。
街を出て西に向かえば、さっき蜘蛛に襲われた辺りに戻れそうだ。
城門を抜け、川沿いに西へ向かう。
いくらも行かないうちに、巨大な亀が襲ってくる。
逃げようとした先で、半裸の女が笑う。
女の下半身は、毒々しい蛇、だった。
女の爪が食い込む。
亀がチールを押しつぶそうとする。
私には以前手に入れて、使ったこともない巻物が数巻あった。
ランダム・テレポート
飛び出した先は、森の中。
西へ進む。
中型の熊のようなモンスターが襲ってくる。
剣を合わすが、どうにもならない。
ランダム・テレポート
今度は回りを堀で固められた島に出た。
出口を求めて、堀の内側を巡る。
振り返ると、巨大なワニが迫ってくる。
何頭も、何頭も
逃げる。
逃げるほどにワニの数が増える。
「h?」
助けがいるか?
周囲の誰彼から声をかけられる。
「h」
助けてください。
一声が限界。
何人もが救援に来てくれるが、ワニの数は減らない。
「動かんでくれ、当てられない。」
そう言われても、恐怖で立ち止まりさえ出来ない。
倒れかけた時、一枚残っていた巻物が偶然、解けた。
帰還スクロール
消えゆく私の背中に、罵声(ばせい)が飛ぶ。
「始末できないなら、大名行列なんかするな!」
お世話をかけたみなさん、申し訳ありません。<(_ _)>

着いたところは、またハイネ。
気を取り直して、西へ向かう。
が、
幾歩も行かないうちに、モンスターと遭遇。
そして、
剣を合わせる間もなく私は意識を失った。
(チール、お前はどうなるんだろう・・)
最後に浮かんだのは、まだモンスターに吼え掛かっているチールのことだった。

気がつくと、やはりハイネ。
チールは、いない。
絶望感が押し寄せる。
私は沈んだ。
チールがいてくれてさえ、この町を出られない。
まして一人では、意識を失うたびに、ここへ戻されるだけ。
私は、ここまでか。
物乞いをして暮らすのは、いやだ。
自分の身を始末する前に、もう一度トワさんやファインダーさんたちに会いたかった。
あてどなく、街をさまよう。
中心地を少しはずれた所に、テレポーターが、いた。
彼女はSKTを知っているという。
が
支払いに足りるアデナが残っていない。
さらに、さまよう。
一軒の店の前に出た。
どうでも、いい。
私は店に入った。
食べさせてくれるなら、騎士を捨てて店番になろう。
店の主人は私のみすぼらしい身なりを一別する。
「お客さん、荷物を見てあげよう。」
どうせ、大したものは入っていない。
荷物袋ごと、渡す。
「普段、ウチはこう言うのは引き取らんのだが」
主人は私の荷物袋を漁って、言う。
「全部置いていきな。SKTへの費用分には、してあげる。」
主人への礼もそこそこに、テレポーターの元に飛び戻る。
一瞬にしてSKTへ戻る。
(チール、お前は私を守って死んだのだろうか・・。)
涙が、止まらない。 |