風のファルク

 
第一章 その7 満月
 
 

その時、クランマークからファインダーさんの声が流れた。
なんと久しいことか。
「こばわー」
こんばんは、みんないるかい?
「ファインダーさん(;;)」
「よう、ファルク、頑張ってるかい。」
「犬が・・」
「犬がどうした?」
「私が倒されて、気がついたら犬がいなくなってて・・」
「どこで」
「ハイネの西です。」
「俺もハイネは知っているが、あそこはお前には無理だよ。なんであんな所へ
行ったんだい?」
「ケントの犬小屋に行ったら、帰り道がなくて・・」
「うん」
「歩いて帰る途中、蜘蛛に襲われて・・」
「・・」
「帰還スクロール使ったら、ハイネに着いちゃって・・」
「・・」
「帰れなく、なっちゃって・・」
止めどなく捲(まく)し立てる私を制して、
「ファルク、今どこだ。」
「SKTです。」
「いや、どれ位、上達した?」
私は、講義課程を修了していた。
渓谷の村では私より古参の者をあまり見かけなくなっていた。
「俺は渓谷を追い出されるまで、ウェアウルフを追っていたよ。」
「でも、チールが・・」
「現実を見ろ、ファルク。お前は急ぎすぎた。今、犬を探しに行ってもどうにも出来ない
だろう。」
その通りだ。
「犬小屋は俺のいる所にも、ある。ファルク、こっちへ来ないか?」
「ファインダーさん、今どこです?」
「語る島(TI)だよ。」
TI、忌まわしきケントよりも先。
遙かな島だ。
「行きたいんですが、とても無理・・」
「だから、渓谷を追い出されるぐらいまでは待てって。」
「はい。」
「渓谷を追い出されたら、SKTを飛ばしてこっちへ来い。」
「はい。」
「ケント→グルーティオ→TIだぞ。歩くなよ。」
「はい。」
「着いたら連絡してくれ。待ってる。」
通信は、切れた。
私は渓谷へ戻った。

村の入り口でキャンドルとダガーを拾った。
頼りないこと、夥(おびただ)しい。

それでも素手よりましだ。
「おい、若いの。元気がないじゃないか。」
剃り頭が声を掛けてくれる。
私は、答えなかった。
わずかなアデナの残りで肉と赤い液体(赤P)を求める。
そのまま村を突き抜けて、森へ入って行く。
すでに陽が傾いている。
茂みの奥の空き地に、出た。
シェパードがこっちを見ている。
私はチールを思い出した。
「悪いが、付き合ってくれ。」
私は初めて、自分から犬に向かっていった。
チールとの短いつきあいで、犬の急所がわかる。
左手をフェイントに、右手で鼻先と顎を押さえて背に回る。
馬乗りになって、気がついた。
背中に怪我をしている。
刀傷だ。
私は馬乗りのまま、左手で赤Pを掴み出した。
傷口に注ぐ。
犬は突然の刺激に、暴れる。
私は構わず、犬が落ち着くまで押さえつけていた。
右手を犬の口から、離す。
肉を差し出す。
犬は、一口で飲み込んだ。
もう一個、くれ。
私は犬に肉を与えながら、空を見上げた。
満月が掛かっていた。
白鳥座がうっすらと光っている。
シェパードの額に菱形の白い斑があった。
白鳥座と同じ形だ。
わずかに、ゆがんでいる。
私は犬に
キグナス
と名付けた。

その夜、東の森は異様にざわめいていた。
私はキグナスを連れて、藪を払い、進んだ。
ウェアウルフと鉢合わせした。
普段は人間の姿をした、オオカミ男。
私のダガーが走る。
キグナスがアシストする。
チールと違う。
攻撃点が的確だ。
一噛みでウェアウルフが悲鳴を上げる。
数瞬後、ウェアウルフは倒れていた。
いくらも進まない内に、またウェアウルフが立っている。
切り結ぶこと、数瞬。
疲労を癒す間もなく、次の一頭。
一端、村に帰る。
赤Pとショートソード、それにヘイストポーション(GP)を手に入れ、また東の森に戻る。
辺(あた)り中、ウェアウルフが、いる。
私たちは勇んで飛びかかっていく。
一頭、
また一頭、
そして一頭

際限なく現れるウェアウルフ。
騎士見習たちが夢中で狩って行く。
なにかが、変だ。
私を含めて、渓谷の村全部がウェアウルフであったとしてもこんなに大勢は、いない。
私の頭の中に、疑問符が溜まり始める。
私はチールのことだけを考える。
一頭、
また一頭、
そして一頭

幾度も村と東の森を往復する。
アデナが、そして疲労が溜まる。
信じられないことだが、まだ夜が明けてさえいない。
次の獲物、
と私が駆け出そうとしたとき、ガードが呼び止める。
「ファルク殿、ゲラン師がお呼びです。」
「はい。」
仕方がない。
私は森を離れようとして、足を止めた。
ファルク殿、だって?
私は振り返る。
顔見知りのガードが照れたように、言う。
「そうさ、もうお前はここではファルク殿なんだよ、若いの。」
さぁ、行こう、とガードが先に立つ。
私とキグナスは後に従った。

入室を許された私は、辺りを見渡した。
室内にはゲラン師と二人の副官の他、剃り頭と小売りの男、マッサージ師までいるのには
驚いた。
「君もいてくれ、ガーディアン」
ゲラン師が出ていこうとするガードに声を掛ける。
ガードは扉口に直立する。
「さて、騎士見習ファルク。お前にいくつか質問がある。」
なんだ、ゲラン師の個人面談か。
ゲラン師の問いは、講義を聴いていた者なら答えられる内容だ。
だが今回ばかりは、講義通りの答えは通用しなかった。
形通りの答えには、絶えず
「それから」
と続けさせられる。
とうとう、私は答えに詰まった。
「どうした、騎士見習ファルク。お前はなにを学んだ!」
私は堪らず、【狩り場でのルール】をもって答えた。
うむ
ゲラン師が次の質問を投げてくる。
延々と続く、拷問のような時間。
やっと、ゲラン師が私から目を離した。
ゲラン師の事務室に朝日が射し込んできた。
「ジョシュア君、どう思う?」
副官Aが答える。
「まぁ、今はこんなものではないですか。なぁ、ザムザ。」
あぁ、と副官Bが頷く。
「貴君らは、如何に思われます?ベルゲーター卿?」
ゲラン師の口調は高位の者たち同士の言い回しになっている。
「私には彼は真っ直ぐすぎる、と思われます。モンスターとの戦いにまで礼節は必要ない
のではないでしょうか?だが、騎士候補資格の欠陥条項に実直さはありません。」
支持します、と剃り頭は付け加える。
「もう少し、いろいろ頭を使う癖を付けるべきでしょう。」マッサージ師が言う。
「もっと回りを見て、引き時を知らねば生き残れません。生き残れなければ王道は支えられないでしょう。それでも学べる時間を彼が持っていることに期待しましょう。」
支持します、と言ってくれる。
「こいつの持ってくる物は、売り物にならない物ばかりだった。」小売りの男が言う。
「弓を使っていないんだな。力任せの突進は、いただけない。」
それでも、と男は続ける。
「この頃は少し、ましな物を持ってくるようになった。いいんじゃないかな。」
ゲラン師がガードに目をやる。
「忝(かたじけ)ない、フラウン卿。ガーディアン、君はどう思う。」
「私は反対です、師よ。」
室内に緊張が走る。
「こいつは獲物は人に譲っちまう。力もないくせにサポートに回ろうとする。他人を信じすぎる。そんな甘い考えのままでは、危険です。それに」
ガードはニヤリ、と笑う。
「こいつが行っちまったら、修練場の掃除はだれがするんです?」
室内に笑いが満ちた。
「悪いな、ガーディアン。ここは騎士見習いを育てるところなのだ。掃除夫は自分で見つけてくれ給え。」
私はゲレン師が笑うのを初めて見た。
「本来なら、私ももう少しここにいるべきだ、と思う。」
ゲラン師が言う。
「だが、お前の時は満ちたようだ。騎士見習ファルク。お前に伝えるべき言葉はもう残り少ない。」
私は身を固くした。
「この世で暴れ回っているものは、なんだ?」
「モンスターです。師よ。」
「違う!暴れ回っているのは、人間なのだ。お前は君主というクラスがある事を知っているな。」
「はい。」
「君主の他には?」
「エルフとウィザードと、騎士です。」
「そうだ、全ては君主のために存在する。」
ゲラン師は続ける。
「エルフは君主にとって、人間以外にも手を取り合える命が生きていることを、つまりは
多くの民衆が彼の目に触れずとも彼のそばにいることを、知らしめる存在なのだ。
「ウィザードは知識と力の使い方を表すためにいる。その不思議にして巨大な力を見せつけることで、君主の権力からでる一言が民衆に及ぼす影響の大きさを知らしめるのだ。
「モンスターでさえ、無用な力と力のぶつかり合いが、双方に傷を与えるだけなことを
知らしめることができるのだ。
「では、騎士はなにをするか。騎士は君主のために、自己の命と引き替えに考える時間を
与えるのだ。王道は逸れやすく、王徳は歪みやすい。騎士のまっすぐな視線を持って
君主の徳を支えよ、騎士見習ファルク。
「君主の考えと己のそれが食い違ったときこそ、考えよ。そして多くの人々のことを
考えよ。君主の言動が民のためを思っていないとき、自分の命を持ってさえ諫めてくれる者が君主のそばには常に必要なのだ。」
ゲラン師は息を継ぐ。
「この世界に多くのモンスターが際限なくいるのはなぜか?お前の眼で確かめて来い。」
私は放免された。
「また、お目に掛かります。師よ。」
「残念だが、お前は二度とこの渓谷には入れない。お前のための道は閉ざされたのだ。
この渓谷は最後の灯火(ともしび)なのだ。万一にでもお前たちが敵に寝返った場合、
未来を創るべきお前の後輩たちを儂たちは守らねばならんのだ。」
室内は静まり返っている。
私以外の誰もが、その意味を深く理解しているようだ。
「それでもお前はまだ、卒業ではないぞ。騎士見習ファルク。あと二つ、果たしてみせるべき試練が残っている。だがそれはまだ先の話だ。その時が来たら、また会おう。」

「お前、もうクランマークをつけているんだな。」
剃り頭が言う。
「なんと言うクランだ。」
オレンヂTVです、と答える。
「オレンヂTV・・」
皆が互いになにか囁き合う。
誰の顔にも優しげな懐かしげな、そしてどこか安堵の色が見てとれる。
「師よ、私のクランをご存じですか?」
「知らん!儂たちがトワなんて娘のことを知っているはずが、ない!」
ゲラン師が即座に否定する。
狼狽が浮かんでいる。
なぜ、トワさんの名を知っているのだ?
私はトワさんがプリンセスだ、とさえ言っていない。
明らかに話題を変えようとするかのように、ゲラン師が言う。
「そのクランに誰がいる。」
「ファインダーさんがいます。」
「おぅ、彼のことはよく覚えているよ。強く賢く、そして飄々(ひょうひょう)と生き
られる心の大きな男だ。」
ゲラン師が遠くを見つめる。
「騎士見習ファルク、ファインダーから学べ。学べるものは全て学び取るのだ。クランの仲間は君主を楽な気持ちにさせなければならない。楽な気持ちでなければ、良い心は育たないものだ。今のお前では周囲の者が疲れてしまうぞ。剣技同様、彼の生き方を学び取れ。」
「はい。」
「君主の全てが王にならなければならないわけではない。それでもクランの仲間に愛される君主のそばにいられることは幸せなことだ。君主の徳は仲間の世話をすることでなく、
仲間に愛されることによって育っていくものだ。たとえ、少人数でもな。」
妙に詳しい気がする。
「クランの仲間を信頼しなさい。」
マッサージ師が言う。
「そして、いつかあなたもクランの仲間に信頼されるような騎士になりなさい。
みんな、あなたのすることを全て見ているのですよ。」
「はい。」
「誰もが頭を持っている。金儲けは恥でも悪でもない。もっとも、どう使うかは持ち主
次第だがな。」
小売りの男が笑う。
「お前のその足りない頭を、兜の台のままにするなよ。」
「足りないって言うより、鈍いんだろう(笑)。」
「見ているだけで観察していないんですよ(爆)。」
好きなことを言ってくれる(^^;)。
一礼して退室しようとした私に、副官Bザムザが吼える。
「ファルク、生き急ぐな。生き急ぐってことは死に急ぐって事だ。生きてさえいれば
大概のことはやり直せるんだ。死んじまったら大事なひとを守れないぞ。」
「気合いを入れろよ、兄弟!」
副官Aジョシュアがウィンクをくれる。
室内の皆が私を見ている。
私の視界が滲む。
私は、背を向ける。
扉を閉める。
晴れ渡った空を見上げ、遙かなTIを目指す。

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