騎士見習の私に、旅支度なぞない。
ゲラン師の事務室の前につないでおいたキグナスを連れ、出発する。
腹を空かして不機嫌なキグナスをなだめる。
テレポートを繰り返す。
ケントの喧噪も耳に入らない。
キグナスを犬小屋に預け、またテレポート。
目指すは港町グルーティオ(グル)。
そこはSKTほどの町だった。
さて
私は門前のガードに訪ねる。
「港はどっちですか?」
「港は海側に決まってる。」
夜勤明けのガードは機嫌が悪い。
潮風の香りを頼りに、海へ向かう。
人混みについていくと、大きな船が泊まっていた。
私は帆船というものを初めてみた。
ぼーっと眺めていると船着き場の管理人が寄ってくる。
「兄さん、TIに行きたいのかい?だったら急ぎな。もうじき出航時間だ。」
切符を買い求めて、後部甲板に昇る。
朝の潮風。
慣れた人には心地よいのだろう。
森育ちの私には、そのベタつくような風を楽しめない。
少しずつ船客が増えていく。
後部甲板に女性のエルフが昇ってきた。
しなやかな肢体。
全体に鋭角な印象を与える。
そして、美しい。
冬の澄んだ朝風の中で、雪山を眺めている。
そんな清々(すがすが)しさを感じる。
船が動き出す。
静かに、大きく、揺れる。
私はバランスを崩した。
手を伸ばして手すりを握る。
と、
船が大きく揺り返した。
ドスツ
軽いものがぶつかってきた。
あわてて受け止める。
さっきの女性エルフだった。
「ありがとう。」
「いえ」
クスッと笑うと、エルフは立ち上がった。
「足下が揺れるのって、好きじゃないなぁ。」
「船ってこんなにいつも、揺れるものなんですか?」
女性エルフの眼が、キラリと光る。
「TI行くの、初めて?」
「さっき渓谷を追い出されてきた所です。」
「TIになにしに行くの?」
「先輩が、来いって。」
「知ってる人?」
「クランの先輩です。」
あぁ、とため息をついてエルフが肩をすくめる。
しばらく取り留めのない会話が続く。
「TIには、グンターの試練所があるのよ。」
「試練所?」
「そう、あなた達騎士は2回、試練を受けるでしょ。その始めの奴よ。」
「では、行ってみます。」
「まだ、無理よ。」
エルフが微笑んだ。
「あなた、装備は?」
「ドワーフのセットにショートソードです。」
「今は、そんなもんね。でも剣は変えた方がいいね。」
「ロングソードが欲しいんです。」
ロングソードは、騎士見習いの憧れだ。
「必要ないって。グンターの試練に受かれば貰えるから。それよりアデナを貯めて骨セットを買いなさい。」
「骨セット?」
「これよ。」
女性エルフがマントの下の装備を見せてくれた。

マントの下に現れたのは、鞣(なめ)し革と骨でコンポジットし、各所を金属で補強した
異様な雰囲気の鎧だった。
よく見れば女性エルフの盾と兜も同素材らしい。
その異形さは、お世辞にも彼女に似合っているとは思えない。
私の視線に気がついた女性エルフは、
「私だってこんなの趣味じゃないけどね。生き残ることが先決なのよ。」
吐き捨てるように言う。
「もっとアデナを貯めて、エルフのセットに乗り換えるわ。あなたもいつか、そうしなさいな。」
エルフのセット?
「エルフだけが作れる装備セットよ。こんな濁った金属じゃなく、透き通るような軽やかな鎧なの。いつか知り合いのエルフに作ってもらうといいわ。」
「私にはエルフの知り合いはいません。」
「私だってエルフよ。」
女性エルフが、笑う。
「まだお友達ってわけじゃないけど。こうやって知り合いを増やしていくのよ。」
その時、船がTIの港に着いた。
私の礼を背中に受けて、女性エルフは去っていく。

私は半角@をつけてファインダーさんを呼び出す。
「いま、TIに着きました。」
「おう、早かったな。町の広場で待っててくれ。すぐ行く。」
町の広場には、若い冒険者が屯(たむろ)している。
私は掲示板を背に、行き交う人を眺めていた。
と、
「ファルクじゃないかい?」
ウィザードが声を掛けてきた。
「?」
「僕だ。」
ウィザードが頭巾を少しずらす。
「あ、カ…」
「待て、ファルク。今はHoichiだ。」
ウィザードが鋭く言う。

Hoichiさんは私の故郷一帯を治めていた領主の三男だ。
幼かった私たちに手品を見せてくれたり、毒草の見分け方を教えてくれたりしていた。
数年前の領地替え以降は見かけなかったが、ウィザードになっていたのか。
それにしても
異様なまでのオーラが古びたローブから滲(にじ)み出す。
私は村の最後を伝えた。
「そうか、それで騎士を選んだのか・・。」
遠い目つきでHoichiさんが言う。
「ファルク、いつ来た。」
私はつい先日、渓谷を追い出されたことを告げる。
「じゃ、まだ大変だろう。お祝いだ。」
Hoichiさんは私の正面に回ると、こっそり品物を出した。
祝福されたテレポートスクロール(b-tere)
ドーベルマンの首輪
ヘイストポーション(GP)
:
持ちきれない程の荷物を押しつける。
私がなにも言えない内に、Hoichiさんは人混みに消えた。
「今の人、知り合いかい?」
いつの間にかファインダーさんが来ていた。
Hoichiさんの雰囲気に押されて、声を掛けられなかったらしい。
「昔、お世話になった方です。」
「結構、顔が広いんじゃないか、ファルク。」
ファインダーさんが笑う。
「とりあえず、犬小屋だ。」
ファインダーさんに連れられて町の西門を出る。
少し離れた所に、犬小屋があった。
チールが私を見つけて、一声吼えた。
どうした具合か、キグナスもいる。
私は大急ぎで二匹を引き出すと、背をなでる。
チールは少し、痩せていた。
私はチールに肉をやると、小屋に戻した。
「今日は狩に行かないのかい。」
ファインダーさんが、笑う。
「それがいいかもしれないな。今日は疲れたろう。俺も寝落ちするよ。」
「はい、お疲れさまです。」
「俺は今、TIを足場にしているから、そのうち一緒に狩に行こうぜ。」
「お願いします。」
頭を下げた私の耳に微かな声が響く。
@「ファルクと二人で落ちるよ。」
@「おつー」
お疲れさま。
久しぶりのトワさんの声だ。
@「あんたたち、今どこ?」
@「TIでーす。」
@「ファルク、いつ来たの?」
@「今着いたところです。」
@「そっか、良かったね。」
@「はい」
@「あたしもTI、行こうかな。」
@「俺はもう眠いよ。」
@「ファイは寝ていいよー。」
@「ひでー」
目の前のファインダーさんは、声を出していない。
それでも会話ができる。
@「ファルクはどうする?」
私もまねして答える。
@「私も寝ます。」
@「そっか、じゃ明日遊ぼうね。お休み」
@「お休みなさい。」
私はファインダーさんが去っていく(落ちる)のを待った。
そして私も寝についた。 |